どうにもならない

どうにもならない人のライフハック

たった一日で友達を失う方法

自分には本当に友達がいなかった。

大人になった今なら、自分に友達がいなかった理由は分かる。

お洒落やアイドル、少女漫画など同年代の女子が興味を持つことに全く関心がなく、共通の話題がなかった。

小太りで制服のブレザーにはデブ特有の皺が寄っており、スカートの丈は校則通り膝下3センチ。生まれつきの不器用で髪を結うのが病的に下手で、二つに結った髪の分け目はいつもぐちゃぐちゃだった。

歌番組を観る習慣がなく、唯一はまった音楽は「たま」と「ザ・ブルーハーツ」と自分が生まれる前に流行ったフォークソングのみ。

漫画は大好きだったが、近所の女の子達の「ときめきトゥナイトごっこ」で毎回アロン役ばかりやらされて魔界に帰れと砂をかけられたり(冬は雪玉をぶつけられたり)したことで苦手意識を抱くようになり、女の子が読むような漫画は一切読まなくなった。父が買っていた『週刊少年ジャンプ』と、『クローズ』や『カメレオン』、『今日から俺は』といったヤンキー漫画。『柔道部物語』、『帯をギュッとね!』を始めとする柔道漫画など、男子向けの漫画ばかりを好んで読んでいた。

そうした趣味関心のこと以前に、自分は普通の人と比べて、少し頭がおかしかった。それを自覚している今は、無理して友達を作らないようにしている。間違いなく相手に迷惑をかけるからだ。

だが当時の自分はどうして友達ができないのかが分からず、苦しんでいた。友達が欲しくて仕方なかった。休み時間に机に突っ伏して誰かが「何してるの?」と聞いてくれるのを待っていた。「机に突っ伏して腕に目を強く押しつけるとまぶたの裏に星雲みたいなものが見えるんだけどこれは人間の脳に宇宙を漂っていた時の魂の記憶があるからだと思う」と教えてあげるつもりだった。話しかけてくる子が誰もいなくて本当に良かった。

そんな近寄りがたい女子中学生だった自分に、ある日、声をかけてくれた女の子がいた。

Mさんという転校生で、「たま」が好きな子だった。

休み時間に小声で「らんちう」を口ずさんでは「たま」が好きであることを周囲にアピールしていた自分は、Mさんに「私も「たま」好きだよ」と声をかけられて舞い上がった。自分が好きなものを、好きだと言ってくれる同級生の存在は、当時の自分にとって本当に救いだった。

Mさんは音楽そのものだけでなく、「たま」のグループのメンバーのイラストを描いたりするのが好きだったようだ。自分の好きな知久さんを可愛く描いてくれたり、「たま」のファンの人が描いたというメンバーを登場人物とした創作漫画を読ませてくれたりした。

Mさんは都会から転校してきたので、そういうものを手に入れる機会があったのだと思う。同人誌というものの存在すら知らなかった自分は、こうして自分とは違う方向から「たま」を好きでいる人達がいるのだと素直に感心した。Mさんと、もっと仲良くなりたいと思った。

それから数日後、校門を出たところで、たまたま下校途中のMさんを見かけた。Mさんの家は自分とは反対方向で、一緒に帰ったことはなかった。

Mさんとの距離は20メートルほどで、自分は「よし、Mさんを尾行しよう」と決めた。20メートルは尾行に最適な距離だと、家にあった『名探偵入門』(確かそんなタイトルだった)という本に書いていたからだ。

尾行してMさんの家を突き止めることで、Mさんと仲良くなれると思ったのではない。自分はそこまで頭のおかしい人間ではない。理由は特になかった。ただ、あの時はどうしてもMさんを尾行してみたくなったのだ。

猫背で小太りのMさんが、時々通学バッグを右の肩から左の肩にかけ替えたりしながらトコトコ歩いていく後ろを、20メートルの距離を保ってついていった。Mさんが小さな白いアパートの2階に上がり、ドアを閉めるところまで見届けて帰った。物凄く楽しかった。

翌日、自分はMさんに「Mさんの家、○○の通りの白いアパートだよね」と興奮気味に話しかけた。「なんで知ってるの」と低いトーンで尋ねたMさんに「昨日、学校の帰りに尾行したんだ」と得意げに告げた。

それからMさんは自分に話しかけてくれなくなった。こちらから「たま」の話をしようとしても、避けられるようになった。

Mさんに距離を置かれるようになってからも、自分は数回、Mさんを尾行した。それで友達に戻れると思ったのではない。ただ、そうせずにいられなかった。20メートルの距離を保ってMさんの後ろ姿を追っていき、ある日、振り返ったMさんが泣きそうな顔をしているのを見たのをきっかけに尾行はやめた。

あれ以来、他人を尾行することはなくなった。だが今でもたまに、髪の毛を緑と黄緑と黄色に染め分けたおばさんや、新聞紙で作ったヘッドギアを被ったおじさんを街で見かけると、尾行したくなる。もちろん友達になりたいわけではないのだが。