どうにもならない

どうにもならない人のライフハック

足りない親子が足りないなりに《普通》に近い生活をする方法(中学受験編)

息子が小学4年生の時、夫婦で話し合った結果、息子に中学受験をさせようと決めた。公立中学よりも私立中学の方が、息子の特性に合っている、と考えたのがその理由だ。

中学受験をするためには、進学塾に通わないといけない。自分は上の子を中学受験させた息子の同級生のお母さんから話を聞いたり、夫はネットで近所の進学塾の合格率を調べたりして通う塾を決め、4年生の後期から、まずは国語と算数の2科目で受講を始めた。

夫は仕事が忙しく、息子の塾の保護者会や面談に行ったり、配布されたプリントを読んで管理するのは自分の役目となった。しかし足りない親である自分はその頃、本業の漫画原作の連載に加えてもう一つ連載を取るための企画準備中で、さらに小説の方でも《月に一本の短編を書いて担当さんに送る》という修業をさせられていた。自分のことと最低限の家事をするので精一杯で、息子のことは「塾に通わせているんだから大丈夫だろう」と考えていた。

やっと大丈夫じゃないことに気づいたのは、息子が5年生になり、夏休みが終わった頃だった。息子は5年生になった時に、塾から「時間を見つけてやりなさい」と渡されていた問題集を、1ページもやっていなかったのだ。

「時間を見つけて…」という曖昧な指示で、提出期限も特に言われていないのだから、子供は極力やりたくないし、やらないだろう。自分は息子がどんなテキストや問題集を渡され、塾からどんな指示を受けているか、まったく把握していなかった。

その頃、息子の塾での成績は中の上くらいで、偏差値で言えば第一志望校の合格圏には届いていない状態だった。なかなか成績が上がらないのは、周りの子も同じように頑張っているのだから仕方がないと思っていたが、実は息子はダントツで頑張っていなかったのだ。

子供に中学受験をさせる人にとっては、《子供の家庭学習はある程度親が監督してやらせる》というのは常識なのだろうが、足りない自分はその点について情報収集もせず、また同じ塾に通わせている保護者の人と交流することもしなかったので、「とにかく進学塾に通わせていれば何とかなる」とだけ思っていた。家庭学習をしているかどうかも、たまに「ちゃんとやってる?」と声をかける程度で、実際にノートを見たり丸つけをしたりということは、一切しなかった。

ここで少し改心した自分は、息子に今までサボっていた問題集をやらせることにした。だが、ちゃんとやったかどうかチェックしていたのは最初だけで、次第にまた声かけだけになっていった。言い訳をさせてもらえば、この時期は新連載の企画で編集長の指示が二転三転して第1~2話を十数回修正させられたり、新しく別の出版社から声をかけていただいて新企画を練ったりしていた。そして連載と月一で短編小説を書く修業も続けていた。それで息子の勉強を見る心の余裕がなかったのだが、心の余裕はなくても時間の余裕はあったと思う。昔から、何か始めても続けることができない。自分は本当に足りない人間なのだ。

結局、息子は問題集をやり残したまま6年生になった。6年生になると、塾の方は一気に本気モードになり、授業数が急に増えた。帰宅時間は夜9時頃になり、家庭学習に割ける時間が限られている中、どう勉強させたら良いのかと途方に暮れた。だが6年生の最初の保護者会で、「家庭学習はこの問題集とこのテキストをやらせてください」と具体的な指示をされたので、それに従って息子に勉強をさせることが出来た。具体的な指示があれば、足りない親でもある程度は動ける。

ありがたいことに、この問題集とテキストに関しては丸つけを息子が自分でやって、塾の先生に提出することになっていたので、自分は声かけをするだけで済んだ。6年生になってから、息子の成績は徐々に上がっていき、夏休み前の面談では「第一志望校を充分狙える成績」と言ってもらえた。

6年生の夏休み、息子は塾の夏期講習で、お盆と日曜以外はほぼ毎日、塾で勉強していた。家に帰って宿題を終えると延々ゲームをしているのが気になったが、夏休みだし、日中は勉強しているのだから、それくらいは大目に見ようと思った。夏休みを目前に次女が手首を骨折し、その通院や世話で忙しくしていたこともあり、息子のことはあまり気にかけていられなかった。足りない人間は、一度に出来ることの容量が人より少ないのである。

異変が起きたのは、夏休み明けの最初の模試だった。息子の成績が、びっくりするほど下がったのだ。もう志望校なんか全然狙えないレベルだった。特に得意だったはずの算数が、平均点以下になっている。

どうして解けなかったのか、息子に尋ねると、「分からなかった」とのこと。夏期講習で勉強しているはずなのに、と、頭が真っ白になった。どうして急に問題が解けなくなってしまったのか。

自分は夏期講習用の算数のテキストと問題集を調べた。すると問題集が妙にきれいで、書き込みも開いた形跡もない。これは宿題となっていたはずだった。息子は「やらなきゃいけない宿題はやった」と言いながら、算数の宿題だけ、やっていなかったのだ。

どうしてやらなかったのか。息子に尋ねると、驚くべき答えが返ってきた。

「算数の宿題をやるのを忘れたら、算数の先生が『やる気がないならもうやらなくていい』って言ったから」

息子は言われたことを、言われた通りに受け取る。普通の子供と比べて、行間を読み取る力が足りないのだ。息子にADHDアスペルガーの傾向があることは塾の総務の先生に伝えてあったが、教科の先生にまでは伝わっていなかったのかもしれない。

もう受験まで5か月を切っているのに、ここに来て得意科目の成績を落とすという、切羽詰まった状況になってしまった。足りない親子だからこうなるのだと、絶望的な気持ちになった。だが、足りない親なりに、ここまで頑張ってきた息子の努力を無駄には出来ないと思った。算数の宿題はやらなかったが、それ以外の宿題はきちんとやって、友達と遊ぶのも我慢して塾に通っているのだ。

自分はやらなかった分を取り戻せるように、息子の学習スケジュールを細かく組むことにした。何時からどの問題集を何ページやるか、どの科目の過去問をやるか。朝起きてから夜寝るまでの2週間分をスケジューリングして、息子と話し合ってゲームは一日20分(土日は30分)だけと決め、その通りに生活させた。

スケジュールを組むのと、スケジュール通りに進められるよう監督するのは、大変な労力だった。朝は6時から勉強することになっているので、その時間に息子を起こさなければいけないし、夜も時計を気にしていなくてはいけない。過去問は息子がやる分のコピーを取っておかなくてはいけない。だが、落ちた成績を戻すには、人より頑張るしかないのだ。

秋から冬にかけて、受験生達みんなが頑張っている中で成績を上げるのは、本当に難しいことだった。だが、息子はスケジュール通りに頑張り続けてくれて、12月の最後の模試で、やっと第一志望校に《合格可能》の判定が出た。算数の成績も、夏休み前より偏差値が上がった。

そして2月の受験の結果、息子は第一志望には受からなかったものの、ほとんど偏差値の変わらない第二志望の中学校に合格することができた。出題傾向の相性で、第一志望校は息子の苦手な記述問題が多く、それらが解けなかったそうだ。息子は《自分の考えを言葉にする》ことが苦手で、それは塾の記述演習を受けても克服できなかった。

第二志望の中学校は家から遠いので通うのが少し大変だが、息子が入りたがっていた部活があり(これは第一志望の中学にはなかった)、授業のやり方がユニークで内容も濃い。入学して2か月が経つが、息子は中学校の授業も部活も楽しいと言っており、またクラスメイトとも仲良くしてもらっているようだ。

足りない親子の中学受験は、普通の人よりも困難なことが多かったかもしれないが、息子の集中力と頑張る力のおかげで、息子に合った中学に合格することができた。

ただ、中学校生活が始まって、新たに少し困ったことも出てきているので、次回の更新ではその辺りのことを書いていきたいと思う。